農業×郵便局 広がる可能性
ほんのりハート形を感じさせてくれる愛らしいイチゴ「とちあいか」と、大きくうまみあふれる梨「にっこり」等の生産物を、半期ごとに通年で育てる「通年雇用農業」が栃木県宇都宮市内の阿部梨園(㈱ABE HOLIC:阿部英生社長)と郵便局が連携する形で始まった。不安定な季節雇用が通例の農業の課題解決が期待される新ビジネスは、栃木県中部地区連絡会の鈴木秀治統括局長(宇都宮操町)が阿部梨園の「ゆうパック」配送を働きかけたことから実現した。
季節雇用から「通年雇用」に
ローカル共創イニシアティブ第3期にも
「通年農業」はこれまで個々の農家が稲や麦を同じ敷地で年2回収穫する二期作や、同敷地で稲と野菜等を育てる二毛作はあったが、田畑がやせ、良い作物づくりは難しかった。農業人の雇用安定のための事業化は前例がなく、また、2種の果物それぞれの敷地を別に確保した上で、季節を分けて育てる仕組みは全国的にも珍しい。約6年かけて結実した。
農家の生産性と自立性を高める仕組みは人口減少や少子高齢化が進み、疲弊しゆく日本の農業を根底から改め、地方創生への貢献が期待される新ビジネスとして、日本郵政のローカル共創イニシアティブ第3期のプロジェクトにも選ばれた。志望し、選出された小川潤マネジャーが4月からABE HOLICに派遣され、働きながら地域課題解決ビジネス創出に挑んでいる。
きっかけは〝ゆうパック〟のお薦め
地域活動で築いた人間関係も貢献
栃木県は全国1位のイチゴの産地で、梨も全国3位。宇都宮市下荒針町にある阿部梨園は、剪定等に手をかけることで梨の1個1個の〝質〟を高めた味と大きさが人気を呼ぶ。一般的に農家は農協へ出荷して販売するが、阿部梨園は直売で売り切り、一般の農家とは比にならない直売率を誇る。
価格決定を農協が主導する農協を通じた出荷よりも、価格決定権を自らが持つ直売の方が収益率は3~4倍高くなる。地元の方々は直接買いに来るが、近年は郵便局のふるさと小包のカタログ販売や自社のウェブサイトに固定客も付いて、リピーターも根強くなったことから、地元の方が直売所を訪れても在庫がない課題にも直面していた。
郵便局との関わりは、鈴木統括局長(写真上の左)と阿部社長(同右)が地域のバスケットボールチームで一緒だったことがきっかけだ。鈴木統括局長は「全国的にも阿部梨園は注目され、関東でも名をはせる。何とかゆうパックに切り替えてほしくてお薦めしたが、農家はつながりを大事にされる方が多く、当初は断られていた。何年か根強く当たっていく中で、『郵便局で販売もしてみませんか。その分だけでも、ゆうパックに切り替えましょうよ』と、ようやくヤマト運輸との併用で了承いただき、郵便局のふるさと小包で販売した梨に絞って、ゆうパックの発送が始まった。どんどん数も増えたことで1年、2年たち、『全部、替えますよ』と言ってくれ、以来、阿部梨園の発送は全てゆうパック」とほほ笑む。
効く!地域限定チラシ
郵便局のふるさと小包は、梨も相当数のラインアップがあり、産地ごとに展開。阿部梨園は初年度の2014(平成26)年当初は栃木県中部約110局で販売したが、10年経過した現在は東京支社(高橋文昭支社長)管内の郵便局でも販売することになり、全国約2万4000局のうち、約2600局でカタログ販売されている。
物販ビジネスは主に日本郵便の関連会社等を通じ、販売展開されているが、阿部梨園は「地域限定チラシ」を活用。理由は、ふるさと小包は関東内の発送であれば、第1地帯・第2地帯で送料を安くできるが、全国展開すると、北海道や沖縄等の遠隔地に発送する際に倍の価格になったりもする。
鈴木統括局長は「どのエリアでどういった方々に買っていただくために、どのぐらいの数を発送するか、価格設定が非常に難しい。遠隔地も同じ価格で発送するが、届け先によって収益率は大きく変わる」と語る。
阿部社長が両親から梨園を継いだのは2003(平成15)年。阿部社長は「経営を任され、がぜんやる気が出た。鈴木統括局長に薦めてもらった郵便局のふるさと小包と直売用に生産する中で、9割は〝阿部梨園〟の確立してきたブランド名で販売できるようになった。
しかし初めから、とんとん拍子で梨が売れるようになったわけではない。売りやすい価格帯に設定したり、郵便局窓口の社員の方が説明しやすいように資料を作ったり、販売強化してくださる局に伺ったり、さまざまな努力を重ね、土台ができていった」と振り返る。
農業の雇用就農者はほとんど季節雇用で時給払い。水準は最低賃金に近く、担い手不足で他業種以上に都会へと人材が出て行ってしまい、衰退せざるを得ない。農業生産が崩れることで、果たして日本人の健康は維持できるのだろうか。
阿部社長はその頃から、通年で人を雇用できる安定した生産体制をつくりたかったそうだ。そのことを聞いた鈴木統括局長は、「梨だけでなく、イチゴも生産してみては」と提案。梨が4月~9月でほぼ生産が完了するのに対し、イチゴの生産期は11月~5月。作業量も収穫時期も異なることで、同じ人員で二つの作物を育てられ、安定した収入が可能になる。
同時期の2014(平成26)年、阿部社長はNPOとちぎユースサポーターネットワークの紹介で佐川友彦氏(「東大卒、農家の右腕になる。」の著者)をインターンとして受け入れ、経営改善に二人三脚で取り組むようになった。約700項目の綿密なアイデアも実践し、ますます農業課題も鮮明に見えてきた。
「佐川さんと出会う頃には、規模拡大やイチゴ生産をやって、通年雇用したい思いが非常に強くなっていた」と阿部社長は話す。
そうした思いを受けて、鈴木統括局長は2018(平成30)年、日本郵便が「郵便局ネットワーク将来像」について新規事業の提案を受け付けるタイミングがあったため、『イチゴと梨の通年雇用』を企画書にして提出した。しかし、その後、実際に取りかかろうとするとさまざまな課題にぶつかった。
地域の主要農産物を同規模で二つ組み合わせて事業化する前例がなかったためだ。栃木県いちご指導機関から否定的な意見も出た。予算確保と資金計画も壁として立ちはだかった。
いよいよ事業化、今秋からイチゴ収穫
鈴木統括局長と阿部社長は、資金調達をゆうちょ銀行、販売を郵便局に相談。やりとりを重ねる中、関東支社で地方創生を担当する小林俊介課長からローカル共創イニシアティブを紹介され、応募し、何段階もの審査を経て見事にプロジェクトに選定された。
昨年8月、阿部社長は農業の抱える課題解決を目的に、阿部梨園を㈱ABE HOLICとして設立。梨の生産面積を2.7㌶から4.2㌶に広げ、イチゴ生産も30㌃の敷地を確保した。現在、季節雇用でなく、通年雇用のスタッフを10名雇用。イチゴ生産が始まった4月からは日本郵政事業共創部の小川潤マネジャー(写真下)も派遣され、社員の一員として働いている。
ローカル共創イニシアティブの目的は①地域の課題解決を目指しているベンチャー企業に社員を派遣し、企業家マインドを習得②ベンチャー企業に所属し、解決に向けた施策を現場目線で生み出す――の2点。企業も選出されるが、社員も自ら志望した上で、厳しい審査や試験の選考を経て選ばれる。
小川マネジャーは「全国的に過疎地中心に耕作放棄地や畑が相当広がっている。就農者の高齢化が進み、新規就農者が少ないことの弊害があるのかもしれない。そうした津々浦々の地域課題に手を差し伸べることで、郵便局の存在価値を高めることがローカル共創イニシアティブの理念。社会の隙間を満たす施策を実践する」と強調する。
今年11月から初のイチゴ収穫が始まる阿部梨園は、「通年雇用農業」にとどまらず、観光等のさまざまな要素を取り入れた直売所のオープンも目指している。小川マネジャーは「通年雇用の最適な仕組みを検討中だが、もう一つ、大きな目標に掲げているのが、梨の剪定などで畑から出る有価物を新たな地域資源として生まれ変わらせる仕組みづくり。郵便局が社会の隙間を埋めていく後押しをできれば」と意欲を示す。
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栃木のイチゴといえば、とちおとめが有名だが、とちおとめは現在全国どこでも育てられる。大粒で甘味が強い新種〝とちあいか〟が育てられるのは栃木県のみ。ハート形の一粒に皆の地方創生の思いが込められているようだ。