インタビュー 平田直 東京大学名誉教授

2024.09.28

 マグニチュード5以上の地震が各地で発生し、台風等による大雨被害も頻繁に起きる昨今、地域を守るにはどのような対策が求められているのだろうか。長年、地震災害を研究し、政府の中央防災会議WGメンバーも歴任された平田直東京大学名誉教授(南海トラフ地震評価検討会会長/東京大学大学院、理学博士)は「郵便局長の皆さんによる『防災教育活動』によって全国津々浦々の『地域防災リテラシー』を高められる。それは〝国を守る〟ことだ」と期待を込める。

目指すべき「地域防災リテラシー」向上

 ――日本の防災体制や、今後の震災対策の展望についてお教えください。
 平田名誉教授 「ハザード(危険の可能性)」と「災害」は厳密にいえば異なる。日本はハザード全般を気象庁が担い、発災時にどこで、どの程度の地震が起きたかをいち早く検知し、データ化して知らせる。また、何秒後にどこで、どのぐらいの強い揺れになるかという「緊急地震速報」は気象庁だけに認められている。
 一方、地震発生の長期予測は地震調査研究推進本部が担当している。また、熱中症は気象庁と環境省が一緒に担っている。
 1995(平成7)年の阪神・淡路大震災後を機に、2000年頃から「緊急地震速報」が実用化され、テレビやネットで伝達されてきた。地震が起きる10秒前に緊急地震速報が流れても、役に立たないと思われるかもしれないが、そうではない。
 緊急地震速報の前身を開発してきたのはJRだ。強い揺れを感知できれば、一寸早くブレーキをかけて脱線を防げる。工場ラインやエレベーター制御も、強い横波(S波)が来る前の比較的振動が小さい縦波(P波)の段階で検知し、最寄り階で止められる。医療機関も医師が10秒後に強い揺れが来ると分かれば、手術のメスを止められる。10秒は生死の境目にもなる。

 ――災害対策の仕組みで日本と海外との違いはどのような部分ですか。
 平田名誉教授 米国は合衆国のため、州の権限が非常に強い。法律も警察も消防も州ごとにある。州境を越えて山火事等の災害が起きた場合、合衆国全体で制御してFEMA(米国連邦緊急事態管理庁)が対応する。
 連邦管理庁のFBI(米国連邦捜査局)のような位置付けで、ハザードはUSGS(米国地質調査所)が地震と火山に対応するが、災害対応そのものはFEMA。
 ニュージーランドや英国はMCDEM(民間防衛緊急事態管理庁)、ドイツには市民保護・災害援助の連邦政府機関等がある。
 日本には総理大臣を会長とする中央防災会議があって内閣府防災担当、日本医師会会長や日本消防協会監事などの各界代表、地震や防災の専門学者が名を連ねているが、FEMAのような緊急危機管理の常設組織はない。
 国交省管轄の気象庁が地震と火山の自然現象を監視した情報を国民、自治体や国の防災担当者に知らせるが、危機管理を専門的に受け持つ常設組織がないことは日本の特徴だ。
 緊急時には官邸、中央防災会議と自治体災害対策本部が対応するが、中央防災会議は会議体であり、意思決定機関であっても実行部隊ではない。中央防災会議の下部組織のワーキンググループが今、南海トラフ地震の被害を想定した防災計画を10年ぶりに作成している。

 ――防災士資格を持つ郵便局長の方が全国に約1万2000人いらっしゃいますが、何を期待されますか。
 平田名誉教授 近年、課題とされているのは市区町村長が避難指示を出しても、その地域の全住民が適切に避難しないこと。例えば、気象庁は広範囲で津波警報を発出するが、自分は大丈夫と思い、逃げない人が非常に多い。同じ町内でも例えば、場所によって津波が来る場所と来ない場所がある。
 防災リテラシーで重要なことは、自分の住む地域の自然と社会環境を理解することだ。自ら直面するハザードを的確に認識し、正しい避難行動を取る市区町村の「ハザードマップ」を全住民が日頃から知る必要がある。
 防災士の仕組みは「共助」のためにある。郵便局長の方々は、おおむねその地や近隣に住み、住民の皆さんと仕事上も密接に関わることで〝顔の見える関係〟を築かれている。日頃から近隣と交流のある方が防災知識を持つことは非常に意義深い。
 この地域はどのような災害に見舞われやすいか、震災や風水害発災後、どこに避難しなければいけないか、消防団、町会やマンション管理組合等の「自主防災組織」が機能すべき時に局長の皆さんにぜひ〝地域のまとめ役〟になっていただけると非常にありがたい。
 例えば、南海トラフが30年以内に起きる確率は70%~80%だが、1週間に換算すると1000分の1の確率となり、少なく思えてしまう。企業であれば損をしないようにリスクヘッジするが、一般の人にとっては一生のうちにあるかないかの出来事に、積極的に備えることはなかなかできない。

郵便局長に〝地域のまとめ役〟を期待

 防災士資格を持つ局長の皆さんによる「防災教育活動」によって、全国津々浦々の「地域防災リテラシー」を高められる。それは〝国を守る〟ことだ。
 また例えば、能登の郵便局が被災されれば、周辺の郵便局が応援に行かれることもあろう。この〝助け合い〟こそ極めて重要。応援に行くことで、自ら被災した時の訓練にもなる。
 日本人は「受援力」(助けを受ける力)が弱いといわれているが、自分で頑張っても駄目な時には助けてもらう適切なやり方も学び合っていただきたい。

 ――発災直後は何が一番必要になりますか。
 平田名誉教授 まず命を守る必用がある。そのためには、揺れても壊れない住宅、耐震化が必要だ。同時に、家が倒れなくとも家具が転倒して下敷きになれば、命を失う。家具の固定や適切な配置が不可欠。次に、命をつなぐ。そのためにまず必要なものは〝水〟。能登では水道管が破損し、長期的に上水道・下水道が止まり、トイレも使えなくなった。
 さらに〝通信〟による「情報」が欲せられる。自分の置かれた状況を理解するための情報がないことは非常に困る。発災直後と3日後、1週間後では必要なものがどんどん変わる中、全国から集まった物資を的確に「仕分けする役目」も求められる。
 郵便局は内閣府が災害対策基本法に定める指定公共機関として公的な組織だ。全国にあって、ゆうパックも全国に届く。郵便車両は被災地で普通の車は入れない所にも行ける。防災活動や、被災地に物資をきちんと届けられる安全な配送道順の貴重な情報も、他業界に共有いただければ非常にありがたいと思う。
 郵便局の地域からの信頼は厚い。地域金融機関も信頼されているが、範囲は限定的。局長の皆さんの言うことは住民の方々も信用する。詐欺等も横行する被災地も含めて、地域を守る〝まとめ役〟としての底力を大いに期待している。