インタビュー 日本郵便 秋本芳德副社長

2025.09.20

 日本郵便の小池信也新社長のもとで地方創生を担当するのは、秋本芳德執行役員副社長だ。秋本副社長は「郵政三事業の創業を当時の世相に照らしてみると、イノベーション(社会革新)の塊と言える。イノベーションの精神を受け継ぐ郵便局には、新たな便益や快適さを提供する底力がある」と話す。「郵便局に〝現実に人がいる強み〟を生かし、お客さまの生活習慣を変えていけるような新たな便益や快適さを開発、提供、拡大していきたい」と意欲を示す。

〝人のいる強み〟を生かし

 ――地方創生に一層資する郵便局をどのようにイメージされていらっしゃいますか。
 秋本副社長 小池新社長は就任時に、現地、現物、現実に加え、現地で実際に働く〝現人(げんじん)〟、すなわち「郵便局の社員が郵政事業の根幹である」ということを打ち出された。150年を超えて構築されてきた郵便局ネットワークに〝人がいる強み〟を、お客さまにとっての新たな便益にどうつなげていくかが勝負どころになる。
 リアルとデジタルの融合は、これまでご高齢者へのスマートフォンの操作支援などを行ってきた。これからは申し込み自体はデジタルで受けて、デジタルには乗せられない便益を〝人がいる強み〟を生かし、提供していくことが重要だ。
 例えば、政府の骨太方針等を見ると、ここ数年継続して課題とされているのが買い物難民支援や移動支援。ネットスーパーで購入した生鮮食品等を地域内の拠点で受け取れる共助型買い物サービス「おたがいマーケット」や、郵便車両の既存運行ルートに住民も乗車してもらう「貨客混載事業」がこれら課題に応える取り組みになる。さらに需要に応えられるよう磨き上げていきたい。

 ――地方公共団体事務受託の拡大に向けては。
 秋本副社長 需要が増えるのが明らかな地公体事務は「マイナンバーカード電子証明書の更新手続き」だ。2025(令和7)~27年度の3年間で、約7500万人が更新時期を迎える見込みとなっている。法改正により、21年には電子証明書関連事務を、23年には交付申請の受け付け等の事務を郵便局で受託できるようになった。
 実績を見ると、京都市・熊本市・北九州市といった政令指定都市や、品川区・足立区といった特別区からの受託もあり、受託できれば収入増の効果も大きい。総務省の自治行政局による調査ではマイナンバーカードの交付、電子証明書の発行・更新等の事務委託について「郵便局への委託に関心あり」と回答した地方公共団体は200程度あり、関心の高い地公体を中心に重点的に委託の働き掛けを行っていきたい。

 ――農業や漁業と郵便局の共創についてのお考えをお聞かせください。
 秋本副社長 先進国の中でも地方が豊かな国は、米国やフランスのように農林水産業が強い。仕事があるからこそ、人が集まり、街ができ、地方創生につながるという点では、農林水産業こそ地方の仕事の最たるものだ。
 しかし今、日本では農協さえ撤退された地域も数多く出ている。そうした地域で営農広域組織の事務局機能の一部を郵便局で受託する事例も島根県の雲南市で始まっている。また、農産物を含む無人販売は全国4800ほどの郵便局で行われている。「ぽすちょこ便」のように郵便車両の既存の運行ルートを活用した農産物等の販路拡大も進めていきたい。
 支社においても、例えば東海支社(大角聡支社長)が東海農政局と連携協定を締結し、四つの農村型地域運営組織からご要望をいただいている。

 ――郵便局スペースを活用したオンライン診療をどのように広げていかれるお考えですか。
 秋本副社長 オンライン診療はコロナ禍の中で段階的に制度が改められ、23年5月から郵便局スペースを活用することも可能になった。
23年11月に石川県七尾市で実証を行い、24年7月に山口県周南市で全国初の実装、25年6月には「公益的なオンライン診療を推進する協議会」(会長=松本吉郎日本医師会会長)が創設され、医療関係者や厚労省等との連携体制も構築された。医療従事者の方々のご意向を踏まえながら、特に安全性を最優先に担保し、丁寧に取り組んでいきたい。

 ――都市部も高齢化が進み、独居老人の方も増えていますが、郵便局はどのようなことに取り組まれていますか。
 秋本副社長 24年2月から全国の郵便局窓口で「郵便局の終活日和」と題する終活相談も承っている。家財整理や除草の業者を紹介したり、遺産整理の手続きの説明等も行ったりしている。
 一人暮らしのご高齢者や親の介護に追われる方々にとっては、都市部でも買い物支援の需要が見込まれる。公共交通機関が発達する地域でも、高齢者や障がい者の方々にとっては乗り換えが大変で、移動支援の需要もある。これらの需要に応えることができるよう知恵を絞りたい。

郵便局発!令和の生活イノベーションを

 ――2030(令和12)年はSDGs(持続可能な開発目標)の目標年です。5年後に向けた展望を。
 秋本副社長 郵政三事業の創業を当時の世相に照らしてみると、イノベーション(社会革新)の塊であることに改めて気付かされる。
明治初頭に至るまで手紙は主として飛脚によって配達されていた。本当に届くのかどうか、確たることは分からない。手紙の内容が漏れてしまう恐れもあった。代金も多くの場合、飛脚の言い値で支払わざるを得ず、代金の水準も重量だけでなく、配達距離、配達経路、配達の日取り、当日の天候等々、個々の飛脚によってまちまちだった。
 それを重量だけの料金を設定し、その料金に相当する切手を貼って街角のポストに投函すれば全国どこでも公平に一律料金で届くイノベーションを1871(明治4)年に前島密翁はやってのけた。
 「宵越しの銭は持たねぇ」というのが江戸の人々の生活習慣だった。それを日々の余り銭は少額であっても、身近な郵便局にコツコツと預けてもらった方が利子が付いて先々安心ですぜ、というイノベーションを1875(明治8)年にやってのけた。
 ちなみに日本銀行の創設は、ゆうちょ銀行の創業よりも2年後の1877(明治10)年。つまり中央銀行の創設よりも、貯蓄の習慣を国民に持ってもらうことの方が先決だった。そのためのイノベーションの拠点として郵便局が活用された。
 そして第三に、江戸時代はもとより明治・大正に至るまで、一家の家長が亡くなってしまうと、残された家族は生活上、路頭に迷ってしまうリスクがあった。それを補うために身近な郵便局で、医師の事前審査なし、毎月定額の保険料を納める簡易な方法によって生命保険に加入することができるイノベーションを1916(大正5)年にやってのけた。
 郵便・貯金・保険という必ずしも隣接しているとは言い切れない三つの事業領域で、それまでの国民の生活習慣を一変させるイノベーションが郵便局を拠点に開発され、普及・浸透せしめられてきたことになる。
 明治・大正の先達にできて、令和の我々にできないことはないはずだ。お客さまの生活習慣を変えていける新たな便益や快適さを開発し、提供していきたい。