インタビュー(上) 河田惠昭関西大学特別任命教授(ニューレジリエンスフォーラム共同代表)

2025.04.05

 40年前、世界でいち早く都市災害の研究を開始した関西大学の河田惠昭特別任命教授は、社会現象の「相転移」を突き止めることで防災対策を講じられることを提唱する。難しい言葉だが、災害時に逃げないままでいたり、逃げ道を間違えないことで一人の大切な命をなくしてはならないことを意味している。「『自分には関係ない。大丈夫』と他人事にしない社会を創らなければ国民を守れない」と訴える河田教授は、全国郵便局長会の末武晃会長も発起人の一人を務める「ニューレジリエンスフォーラム」の共同代表だ。

防災コミュニティーの創造を

 ――ニューレジリエンスフォーラムのご講演で「50年かけて〝相転移〟を発見された」とおっしゃられましたが、その意味を教えてください。
 河田教授 水は温度によって氷、水、水蒸気に変化する。固相、液相、気相に急変する熱力学の自然現象を「相転移」と呼び、同様に急変する相転移が社会現象でも起きることに気付いて記した論文が1991(平成3)年、第1回日本自然災害学会学術賞を受賞した。
 災害時の相転移は社会現象だから、事前に原因が分かれば対策を講じられる。途方もなく大きな災害でも、社会条件が分かれば減災できる。
 1923(大正12)年9月1日の関東大震災では約10万5000人が亡くなったが、うち9割が火災による焼死。その後は昭和時代も「地震 火を消せ!!」が消防庁の標語だった。
 しかし、1995(平成7)年1月17日に起きた阪神・淡路大震災で直後に約5500人が亡くなったうち、約5000人は全壊・倒壊による圧死だった。火災も起きたが、圧死が大半を占めた。
 2011(平成23)年3月11日の東日本大震災で、直後に約1万6000人が亡くなった理由は単純に大津波と思われているが、実は大津波というより逃げなかったことが主な要因だった。最も早く津波が来た岩手県沿岸でも地震発生から津波が来るまで30分、仙台でも50分あった。
 浸水した地域に約60万人が住んでいたが、27%が「仕事がある」「防潮堤があるから大丈夫」「大津波警報は当たらない」等を理由で避難しない「相転移」が起きたことで多数の方が亡くなられた。
 そうした教訓も生きたのか、2016(平成28)年の4月14日と16日に震度7を観測した熊本地震では、直接亡くなったのは50人。
 事前の熊本県の想定では、布田川断層帯や日奈久断層帯が動くと約900人亡くなると予想されていたが、避難所に逃げたことで多くの命が守られた。まず14日の地震で一部損壊や半壊になった住民約6万5000人が避難所に逃げた。
 ただ、高齢者は「避難所に行くと眠れない」「自宅を片付ければ寝るスペースはできる」と避難しない人が多かった。28時間後の本震で住宅が全壊して亡くなった方はほとんど高齢者だった。

 ――高齢化が進む社会での防災の課題とは。
 河田教授 24年1月1日の能登半島地震は復旧の真っただ中だが、すでに災害関連死が300人を超え、直接死と合わせて500人を超えた。震度6弱以上の地域に住んでいた方が17万人。今後、南海トラフ地震が起こると震度6弱以上あるいは津波3㍍以上の地域に約6100万人が住んでいる。
 日本は平均で1平方㌔㍍に330人住んでいるが、例えば、東京23区では約1万5000人と50倍だ。そこで都市災害が起きると、人的な被害が桁違いに大きくなる。
 3月中に政府の報告書が出されるが、災害で直接亡くなる方に比べて、その後の災害関連死の人数も無視できない。しかも、災害関連死の9割が後期高齢者だ。
 防災庁ができることになったのは本当に良かったが、災害関連死を減らすには少子高齢化対策も同時並行で進めなければならない。改めて2世代、3世代と家族ができるだけ一緒に住める政策的な後押しも必要かもしれない。
 東京電力の火力発電所はほとんどが東京湾沿岸。マグニチュード7.3の地震が起きると、首都圏は1カ月ほど停電する。震度6弱以上の地域に病院は都内に1600あり、約8万人が入院している。
 電気が通らなければ手術もできず、あらゆる機器が使えず、大変なことになる。在宅治療している方も多い。自家発電等、電源の問題を比較検討して準備しなければいけない。
 石破内閣は事前防災と指揮命令系統を明確にする方針を打ち出し、事前防災のために「防災庁設置準備アドバイザー会議」を設けた。私も専門委員を務めている。

 ――生死の境は発災直後の一瞬の動き方で変わるのですね。郵便局長の方々にはどのような防災を期待されますか。
 河田教授 郵便局長の皆さんは、日頃の地域貢献で地域内から信頼度が高く、しかも多くが防災士の資格を持っておられる。
 例えば、洪水であれば自治体のタイムライン(災害の発生を前提に、防災関係機関が連携して災害時に発生する状況をあらかじめ想定し共有し、「いつ」「誰が」「何をするか」の防災行動と実施主体を時系列で整理した防災行動計画)が防災基本計画に書いてある。
 局長の皆さんに、この地域はこういう状態になったらこう動かないといけないと住民の方と共有し、理解し合って、いざという時に行動してもらえるように避難訓練も一緒に行う防災コミュニティーを先導していただきたい。
 「自分には関係ない。大丈夫」と思い込んで逃げずに命をなくす。他人事にしない地域社会の日常を創らなければ国民を守れない。
 大雨洪水警報の避難指示が自治体から出たら、例えば、郵便局前に集まって皆で避難する。備蓄はどれぐらい必要かも机上の空論ではなく皆で共有し、実行する。日本は災害の国から防災の国にしなければならない。
 高齢のお一人暮らしも心配だ。弱者は高齢者だけでなく、子どもも女性も弱者。気候変動でこれまで降らなかった地域の豪雨も増えた。
 背伸びして何かすることではなく、日常生活の延長でプラスアルファの「地域防災」の取り組みを、ぜひとも郵便局長の皆さまに託したい思いだ。