インタビュー(下) 河田惠昭関西大学特別任命教授 (ニューレジリエンスフォーラム共同代表)
――防災タイムラインとはどのようなものですか。
河田教授 防災タイムラインとは、①自宅周辺の災害による想定危険度をチェック、②同居する家族それぞれに合わせた備蓄品、連絡先、避難先の確認、③災害の危険度が迫ってきた時のための防災行動の確認――のことだ。
災害大国から防災大国に
米国で10年ほど前に普及した制度で、日本では全国約60市区町村が防災タイムラインの協議会をつくっているが、実はなかなか都道府県に広がっていないのが現状。
日本は中央集権国家のため、どうしても都道府県がまとめ役になるが、市区町村との関係で広がっていない。都道府県がやっていない状況下では、いざ災害時だけ一緒に対応するのは難しい。取り急ぎ、市区町村だけでも進めようと、頑張って国土交通省と連携している。今後、防災庁がどこまでそこを具体化していけるかも課題だろう。
2月に発生した岩手県大船渡市の山火事がなかなか消せなかったが、3月に岡山県岡山市と玉野市にまたがる金甲山、愛媛県今治市の長沢でも山火事が起きていることは記憶に新しいと思う。山火事は日本だけでなく、実は世界中で近年、増えてきた。
日本の消防は1948(昭和23)年に自治体消防になった。大船渡に約2000人の消防員が来ても、全体をどう動かせばよいか、を指令するICS(災害や事件・事故の現場の指揮系統や管理手法)がないため、消防庁は「皆で協力して消してほしい」としか言えない。自衛隊と消防がどう協力すべきなのか、が今の日本の制度では全く考えられていない。
自衛隊は大型ヘリで海の水を一生懸命まいているが、肝心な指揮命令系統ができていない。通常は自衛隊の下に消防が入り、全部指揮命令となって、消防に指示を出す。
今はそれぞれが独立して活動している。このような状況では山林火災は簡単には消せない。
誰かが、あそこはこうせよ、あちらはこうするように、と指令を出してシステマテックに動ける形になっていない。仮に南海トラフ地震が起きた場合は、陸上自衛隊で約11万人しか出せない。
九州沖に南海トラフ巨大地震が起きた場合、鹿児島や宮崎の県庁は陸上自衛隊がすぐ来てくれると思っているようだが、九州と沖縄の自衛隊は動かない。
自衛隊は国防が主であり、中国や台湾の関係を気にしていなければいけないので、災害救援はあくまでサブであって、本腰を入れる法律になっていないため、出動義務がない。今のままでは首都直下地震が起きても警察、消防、自衛隊はバラバラに動いてしまう。
――河田先生が共同代表を務め、全国郵便局長会の末武晃会長が発起人の一員に名を連ねるニューレジリエンスフォーラムは、憲法に防災条項を明記することが目的の団体ですね。
河田教授 その通り。憲法に防災条項を明記し、大災害時に首相が司令塔となって指揮命令系統を統括して政府主導で災害対応に当たる。いざという時、時間があれば国会で承認いただくが、ない事態に陥った時には首相がリーダーシップを発揮いただくことが大変重要だ。
そうすれば、政治が被害の全体像を瞬時に把握できる。能登半島地震では石川県は少しも情報はなかった。NHKのニュースを見るしかない、情報が入ってこない状態が続いた。初動時に警察、消防、自衛隊の連携により、人的被害軽減ができる。限界がどの程度あるのかも事前に分かる。
今のままで南海トラフ巨大地震や首都直下地震が起こると日本はつぶれる。我々の科学が明らかにしている。誰も経験したことがない災害のため、「つぶれるはずなどない」の一言で片付けられてしまう。しかし、今、起こってしまえば取り返しがつかない。人の命はなくせば戻らない。
その覚悟を持って、日本国憲法に緊急事態条項を明記し、その後に必要な法律改正をしていただきたい。現在の法律だけでは、いざという時に調整に時間がかかって、守れる命を失う。
災害時の自衛隊の役割も明文化されなければおかしい。国民が安全・安心に生活するために、政府や自治体の公助による防災・減災だけでなく、自助・共助がなければ防災が達成できないことも国民に理解いただかなければいけない。
災害多発国の日本で生まれた以上、基本的人権を守るのと同じぐらい、防災を憲法で明記し、国として備えることがどうしても必要だ。防災庁ができることになったのは本当に良かった。
しかし、創設すればよしとするのではなく、憲法を改正することで防災庁の取り組みも生きてくる。私は100年かけても日本を災害大国から防災大国にしていきたい。
政府と自治体だけに任せておいては、この国はつぶれる。地域の方々一人一人が災害に打ち勝たなければいけない。だから郵便局長の皆さまにも「地域防災」の取り組みを願いたい。